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欠けている部分を補っていくという作業

子育てで子供に対することって

一言で言えば

 

「欠けている部分を補っていくという作業」

 

に似ていると思う。

 

 

 

どういうことかというと。

 

赤ちゃんで生まれてきてから言葉がきちんと

話せるようになるまでの間って、

親と子の『推理ゲーム』みたいな側面があると

思うんです。

 

子供の様子から、その要求や、望みを汲み取る。

 

そういうことを親はしますよね。

 

 

 

そして、だんだん言葉が話せるようになると。

 

親はだいぶ楽になるのだけれど。

 

でも、まだまだ子供は自分の気持ちを上手く

表現できなくて。

 

癇癪を起こしたり、イヤイヤを連発したり。

 

反抗期までごっちゃになって、親もほとほと疲れ切って

しまったり。

 

 

 

でも、そんなとき、深呼吸をして気持ちを落ち着かせて

みると、ふと自分(親)が見落としていたことに

気付くことがあります。

 

『ああ、この子は、多分、こういうことを言いたかった

(したかった)んだなぁ・・・』 と。 

 

そう気付くと、子供を愛しく思う気持ちと、自分の

未熟さを申し訳なく思う気持ちで一杯になり、

 

思わず、我が子を抱きしめてしまっている自分が

います。

 

 

 

『ごめんね。

ママ、すぐに分かってあげられなくて、ごめんね』

 

そう言って謝る私に、自分のことを分かってくれたと

思うのか、

 

子供もいつになく素直に自分から

『ごめんなさい』 と言ってくる。

 

 

 

子供は自分のことを認めてもらえたり、分かって

もらえたりすることで安心し、のびのび育って

いくのだということを、何かの育児書で

読んだ覚えがある。

 

でも、これは、実際にはなかなか難しいと

感じていて。

 

親は、両目を見開いて、おまけに第六感や

推理力まで総動員して子供に向かわないと

見逃すことが多いのが現状で。

 

そして、その【行き違い】があるたびに、

子供のイヤイヤはヒートアップする。

 

 

 

子供が伝えたいことを汲み取ることは、

子供が伝えたくて伝えられない部分、

すなわち、【欠けている部分】を

親が補っていく作業に他ならないと思う。

 

親ならば、誰でも、子供に健やかに、優しく、

強く、素直に育って欲しいと願うものだと思うけれど。

 

でも、願うだけではなかなか難しいのが

現実だな・・・

 

そう思う、新米お母さんでした。

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